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壷屋窯は沖縄本島の那覇にあり、第二次対戦で壷屋の町は奇跡的に被害を免れたこともあり戦後直ちに火入れが始まり、生活必需品のマカイ(碗)やケーウチ(皿)などが再び作られ始めました。
琉球の焼き物には中国や朝鮮、九州などの影響がみられ壷屋焼きは荒焼という素焼きのものと上焼という釉薬のかかったものに大別されます。荒焼は水がめ、みそがめ、酒がめなど大きなものを指し、上焼は線彫り、施釉、絵付けを施すもので、食器、花器、茶碗、急須、カラカラなどを指します。
1972年に沖縄が本土に復帰すると観光客も増加し独特の沖縄陶器のもつ不思議な温かみなどが評価され土産品として人気が出るようになってきました。戦後の混乱から庶民生活が落ち着きを取り戻し、那覇の人口も急激に増加、壷屋近辺にも窯場が発生源とされる公害が問題となり、壷屋の町では伝統的な登り窯は難しくなり郊外へ移る陶工たちが出はじめました。人間国宝の金城次郎氏もそのひとりでした。
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