染まれ、文字たち
文字のかたちの妙

 いま我々の生活の中には文字が溢れている。それは空気の存在のようなものといってもよいだろうし、人間にとってある面ではそれ以上に作用し、影響力をもっていると言ってよいかもしれない。日常、一般的に人々は意識して呼吸している訳ではなく、ましてや酸素を取り込んでいるなどという意識は、皆無に近いだろう。同じように我々は恒常的に文字に接していても、それが常に意識を持って接しているとは限らない訳である。それは瀕死の患者にとって、酸素を吸入することは絶対不可欠のものではあっても、健常者にとって酸素は無意識下に置かれているように、ある対象や個人にとっては注目すべき文字も、無関係の人々にとっては、唯の“一つの光景”に過ぎないだろう。幼少時から擦り込まれてきたそんなそんな光景や文字に対する感覚について、文字の側からの発言や運動に注目する中で、さまざまな環境に位置する文字たちの姿をみてみたい。

 本来なら文字の歴史を踏まえつつ考察してゆけば、各時代の文字についての分析やキメ細かな言及ができるのだろうが、それは本稿の目指す所ではなく、また量的な制限もあるので、その視点からのものはここでは措いておく。むしろ文字を生む行為や、文字と人間の関係について触れていきたいと思う。いま我々が手を通して接するものとして、毛筆による「書の字」がある。文字は人なりとしての強調のかたちの「前衛書」なる文字が、「書」から「美術」としての動向を大いに示した時期もあったようだが、今や右へ習え的な独特な空間に戻りつつあるようにも見える。書が美術だろうが、芸術だろうが、文字自身は何の関心も示さないだろう。文字は、それ自身の放つ力や造形で人々に何を与え、どう影響させるかの方が、何倍も大切なことであると考えているのではないだろうか。そんな論争は、功なり名遂げた人が勲章を欲しがるような、人間世間の俗な一面の反映のように思えて仕方がない。

 さて書の字に触れた延長として、いまその俤を残すものとして、文字の王者(敢えてそう言う)として明朝体文字がある。これは毛筆の運筆が残された書体で、今日の日常生活の中で、これ程の普及化された文字は他にないだろう。歴史的には先発のものも多い中で、これ程までに定着・拡大した意義を我々は知らなければならないだろう。確かに活版時代の産物として、また印刷の大量出版という背景があったにせよ、知と美を兼備したこの書体は、近年まれにみない大量の新書体の氾濫する中で、確固たる地位を保ち続けていることは、文字は単に美しい記号であってはならない、と発しているようにも思えるのだ。

 書家が自己表現の手段として、また自らの精神性の発露として生み出したかたちの中から、抽出され、濾過されたものが長い時間と試練を経て多くの人々に支持されることは、決して迎合することなく、己を貫いていく精神性を持った書体こそ望ましい。そこで次に書体や字体を成すかたちについてみてみたい。

 文字にも書き易い文字やかたちが何となく好きな文字、どう書いてもバランスのとりにくい文字、どうも精彩を感じられない文字、隣り合うことによって活きてくる文字など、いろいろある。また画数を重ねてゆく過程に造形の妙を見出せる文字等々、文字に対する視点をさまざまに変えることによっても、文字のありようも大きく変化してゆく。それが集合体である文章のようなものになれば、また違った意識と発見、あるいは美を見出すことができる。そこには個とは異なる集合体の持つ独特の拡散作用も見ることができるかも知れない。文字は見るものから読むもの、点から線、さらに面としての認識へと拡がっていき、読書なども音と共に読んでいたものが、目で捉え理解する黙読へと変わることによって、文字のかたちへの意識や感覚も、当然のごとく変わってゆく。

 さらにかたちについて言えば、漢字にはシンメトリーがあれば、偏と旁のバランスが拮抗していたり、均衡の崩れが魅力的なものもある。そして例えば楷書と篆書という書体の変化によって、大きく字体の異なる文字が意外な近似性をもつかたちである場合もあったりして、文字のかたちが秘める不思議さに興味をそそられることもある。シンメトリーという言葉からの連想になるが、利き手が右の人が左手で同じ文字を書くと、意識的に恒常的な右手文字のかたちに類似させようとしていることに気づく。それはその人が、その文字の「かたち」を脳が記憶していてそれをトレースさせようとするのかは定かではないが、長い間に擦り込まれた習性のようなものが、本来のかたちを整えようとするのかも知れません。実験した訳ではないが、当人にとって日常馴染みの少ない、または使用頻度の極めて低い文字について、同様のことが起こり得るのは興味深いところです。また幼少時によく見られる鏡文字を生む脳の働きや、自然と正常文字へ回帰していく過程が、視覚的に捉えられたら、これも面白そうです。いずれにせよ、一人の人間の手が簡単に似て非なる字体を作り得る訳で、合理性、整合性を重視する文字づくり、書体づくりに一つの示唆を与え得ないだろうか。

現代の文字

 さて、その書体づくりについてである。近年ほどタイプフェイスについて、関心とエネルギーが注がれている時代はないだろう。それはその手段がコンピュータを介在させることによって、従来の方式に劇的な変化を与えたことによってであろう。同時に、文字自体へ考察を深めるよりも、表面的な新しいデザインを志向する傾向が多く見られ、また操作性の高度化は、より複雑で精緻なデザインをも可能にする。コンピュータはすべてを情報として処理していくので、人間の文字への思い込みやこだわりが、どう血肉として、かたちとして表されるのか、が問題となるだろう。たやすく書き換えたり、人間のイマジネーションを越えた図形的、視覚的なデザイン文字は生まれるだろうが、その画像に現れた文字は、むしろ単なる記号の様な存在としてしか捉えられないようなかたちを生む、そんな危惧を抱くのは杞憂だろうか。

 ある面においてデジタル文字の出現は、アナログ文字(ああ文字に関わる世界にも、こんな言葉が入り込んでくる時代になったのだ)を席巻する勢いで、多くの文字仕事に携わる周辺の人やモノたちに迫っている。ただタイプフェイスというものは、A書体に対抗してのB書体、C書体のヒット(これは書体としての優越性よりも、流通面で優劣の意味)に追従するようにC'書体を作る、というものではなく、ましてや単にデザインの表面的処理や、造形的な美しさのみに片寄ることなく、いかに人間と人間を結びつけるか、の手段としての文字づくりであって欲しいと願うのは、筆者のみではないだろう。

 いずれにせよ、コンピュータは大きな実績をあげ、また同時に何かを失わせたことは間違いないような気がする。三千年の昔、中国河南省で発掘された亀甲や獣骨に刻まれた甲骨文字が今も存在する事実と、現代を象徴するようなON/OFFのスイッチ一つで、画面に現れては消える文字の姿の対照は、あまりにも印象的である。さて、今は文字づくりという専門的分野での文字の現在を見てきたが、もっと一般的で日常的なデジタル化について、ワープロ文字との接触がある。ここで文字変換という作業のなかで、何万という漢字の海から拾い上げ、捨てゆく中で、新しい漢字や語との出会いと発見をすることができる。おそらく生涯、辞書を引くこともなければ、また絶対に知り得なかったであろう語や漢字たちとの遭遇は、発光する文字たちが未知からの使者の様にたとえられるかも知れない。日常、表記や記述する機会の少ない人たちにとっては、キーを押すだけで容易に文字やことばの世界に入っていける事の喜びと期待は、アナログ(便宜上使おう)時代にはなかったものだろう。そしてまた、ワープロ文章に対する好嫌や批判はあるものの、その効率性や文字に対する参加性の向上という点での功績は、認められるだろう。

 このようなハイテク時代のデジタル文字への反動として、有機的な働きを持つ書の字に期待するのでもなく、またその氾濫への反発としてアナログ文字へ回帰するのでもない。それは手や筆などの持つ感触や筆触が、自分を確認し、他人に伝える手段として常にベストとは言わぬまでも、ベターであり、理論では抗し難いまでの肉体からの発信であり、本能的、根源的な欲求に根ざしたもの、としか言いようがない。質的には低く、また量的処理や効率性などは劣っていても、文字自体の内包する不思議な力、とでも表現しようのない或る力に委ねてみたい、ということだろうか。

街と暮らしの文字

 次に日常生活のさまざまな場に生きる、多様な文字の世界を覗いてみよう。筆者は最近は諸々の事情で機会が少なくなったものの、約二十年来、仕事の合間に各地の文字採集をして歩き、時間の経過と共に全国どこもが画一的、均一的な街づくり、空間になってきていることに失望する。これは日本人の“中流意識”に見られるように、経済的格差の縮小といながらにして遠い外国の事が隣町の出来事の様に詳細に見ることができる、マスコミやメディアの急速な発展による影響であることは、間違いない。そして同時に古いものは野暮で汚なく、新しいものこそ美しく洗練されたものであ、という様な風潮が一時怒濤の如く各地に押し寄せた事も事実だった。それは街や暮らしの中に生きる文字たちにとっても例外ではなかった。格式ある神社仏閣で新・改築と共に、歴史を刻んだ扁額が取り払われたり、老舗の大看板が妙にこぎれいなものに替ったり、存在感のあった暖簾文字が象徴だった店が、スマートなビルの中に吸収されたり、と枚挙にいと間のないほどの消失ぶりを見てきた。中には新しい造りの傍らに看板のみを鎮座させている例も皆無ではないが、それは老舗を誇示するものであっても、そこに彫り込まれた文字に対して、どの位の思いや愛情で接しているかは計れない。まだ延命させられただけでも幸いというべきなのか。

 そして何よりも、街の文字たちを見て気付くのは、達筆であったり、かたちの優れたものよりも、むしろ稚拙ながらも、書き手の性格や思いが込められているような文字に惹かれる事が多いことだ。一例として神社や寺院などの祈りの文字についてみてみよう。お礼や護摩木等に祈願を記す時、古い時代、教育を十分に受けられなかった人々の、一画一画を丁寧に、願いを託しての文字たちに心が籠もらない筈がない。その念は、そのかたちとなって神仏への回路となることだろう。他に灯籠や提灯などの文字も、石に刻まれ、金属に鋳込まれ、紙に染み込まされて、文字自身も生きると共に、多くの人々の信仰を見てきたことだろう。また神仏に対する身づくろいの場で、口を漱ぎ、手を洗う時にも「水盤」「徳水」「洗心」等の他に、人々の日常生活態度への自省をうながす文字も見かけたりする。「賽」に対しても「賽銭箱」「奉納」もあれば、「浄財」「捧宝」と記されている文字たちもある。一つの寺の中でも同じ名称やことばが、さまざまな書体やかたちで存在しているし、拝観者に対する言葉や文字も、その背景にあるものを感じながら見ていくと、実に多く文字の発するもの、気配を得ることができる。祈りは人を高め、人を清めるからこそ、そこに関わる文字たちの美と強さが、一層強調されるような気がする。

 このように祈りの場ひとつとっても、文字たちはこの空気と共生し、活かされていることを見ることができる。これが、その他多くの日常生活や街の中に生きる文字たちのすべてを観察していくと、そこには実に無数のありようと、莫大な文字のエネルギーを感じることができる。文字が与える感覚、イメージは人さまざまですが、ひとつの「かたち」というものに対する捉え方、感受性こそが文字を愛し、それに相対する原点であるように思う。ここまで文字に対する考え方の一面を書いてきましたが、これは手仕事である型染文字について語るために、まず述べておきたかったことだからです。

手仕事と型染

 これまで触れてきた文字の殆どすべては、直接人間の手によって成されてきた。今日、日常生活の中で手の技から結実されたものは、実に多様多彩であり、多岐の分野で見ることができる。なぜ手の技にこだわるのか。結論から言えば、人間が人間たる所以は手を使うことにあると信じ、最近は益々その意を強くしている。原始時代云々の話まで遡るまでもなく、人間は脳で生み、手で作りあげる。そして例えば設計→工事という分業的な仕事には、脳と手は分断されて考えられようが、もの作りの中で脳の働きはイコール手の働きであり、瞬時の判断と手の操作は同一で進行する。それが高度なものを志向するかは別として、人間が手や足を使ってものを創るということは、卑近な言葉でいうならば、天から人間に与えられた神秘性を帯びた根源的なもの、としか表現できない気がする。仏教的見地から言えば、人は人間として生まれてきたことの貴重さ、重大さをもっと深く認識しなければならない、ということだろう。また人の道を外れるな、とも人間としての尊厳言々という言葉もあるように、手の技については人間というものの捉え方の中では枝葉の問題かもしれぬが、やはり「人間として」「人間らしく」生きるための大切なことだと思う。

 同時に筆者は二十数年前の欧州旅行の時のことを想い出す。当時、時代の先端的ともいわれたデザインの現場に身を置き、日々如何に他人より、他社より新しく、多い情報を得、どう展開するか、また如何に効率よく仕事を推進することができるか(当時はまだOA化、コンピュータの普及はない)、に腐心している時であった。ロンドン、パリ等の近代都市を経て、バスでチロル地方を走った時、窓外に見た広大な雪原に点在する民家、長らく走ってはまたポツンと現れる民家の灯に大きな衝撃を受けた。おそらくTVや新聞等とは無縁と思われるこの村の人々の暮らしに思いを至らせた時、当時情報と時間に追われている自分の生活との余りに大きな落差にである。彼等は確実に生きている。我々よりも情報も少なければ、近代的・合理的な生活とも程遠いだろう。しかし彼等は彼等なりの、手仕事を中心とした生活スタイルを維持して生きてきている、ということを想い、自分の仕事に対する価値観とを重ね合せて、頭が痺れたのだろう。そして思えば、これには十分な伏線があった。その前年、勤務会社の大阪支社設立と同時に一年間任地に暮らした時、休日を利用して奈良・京都の街を歩き回ったことだ。日本の文化や伝統というものに関心を深めつつあった時、この歴史ある地から得た何かが大きく影響していた事は間違いなく、感受性豊か(?)だった頭脳に響いたのだろう。

 そこで見た職人と呼ばれる人達の作りあげた、或いは遺された多くの仕事の足跡は、人間の手技の素晴らしさと、人間の持つ能力の可能性を示してくれる。用と美を備えたかたち、そしてその殆どがアノニマスであることが、実に爽やかに胸に沁みたのだ。もし、このような多くの職人や工人たちの仕事振りに、タイミングよく触れていなかったならば、今日これ程まで手の技にこだわってこれたかは、いささか疑問である。多岐にわたる工芸の中で、後述するような経過で型染の世界に接近し、芹沢けい介
氏の作品、特に文字の伸びやかさを生かしたもの、そして何よりもその作品の中心に流れる、柔軟で自由な精神が心の琴線を大いに震わせてくれたのだ。同時にそれは多くの他の分野の文字たちからの呼びかけであり、賛同であり、時には強引なまでの誘いを仕掛けてくるのだった。染めて欲しいから染まりたい、という声なき声が日毎に強まり、仕事場に、私的な場に迫ってくるに至って、遂にこの世界に足を踏み入れることになる。

 従来、型染から生み出されるものは、主に衣飾生活を中心として、屏風や暖簾、タペストリーやテーブルクロス等、生活のアクセントとしてのものが多いようだ。また直接糊を引く筒描きの手法で、風呂敷や油単(ゆたん)、夜着や蒲団他、大漁旗など多くの品々が生活に潤いを与えながら関わってきた。同じ染め文字でも手描きによる奔放さ、のびやかさに比べると、型染めの文字は、まさに型という枠の中で発揮される個性、と言えるだろう。そして逆にその制約の中で如何に型染文字としての味わいを出していくか、の工夫が大切である。刀から彫り出されたシャープな線と、対照的な柔らかな糊による定着、日本古来の顔料と和紙とが織りなすハーモニーをどう響かせるかである。

 そして型染の文字という如何にも民芸風なかたちや、一種特有のかたちであることがレゾンデートルである様な在り方に、ひそかな疑問と食傷な気味を感じていた。そこで、自分を突き動かした文字たちの声なき声に勇気づけられて、今まで試みられることの少なかったであろう文字たちを、染めの世界へと導いて行く。所謂完成度が低いと思われる様な文字も、型彫りから生まれた線によって造形的な面白さが加わったり、本来伸びゆく線を遮切ったり、勢いのある部分を抑えたりすると表情に変化が見られたりと、実に多彩である。また印刷世界に生まれ、育った文字たちを和紙の中に住まわせると、滲みや掠れと言った彼等が体験しなかった未知の部分を、見せてくれたりもします。水元の時、浮かびあがってくる文字たちは、喜び、恥じらい、戸惑いもあれば、誇らしく、また凛とした表情のものもあるようです。文字たちも指定席を離れ、自由席に移動させてみるものです。立つ場合、座る場合、角席を変えて風景を見るのもよし、その状況に於ての隣席との関係や会話を楽しむのもよいものだ、ということを文字たちに語りかけてみたいのです。

 不完全と見えるものや稚拙なもの、アンバランスのものの中にも美しさはあります。むしろそういう中に、文字の魅力が潜んでいる例を我々は多く見てきている筈です。何故それが「美」として、或いは印象に残るのかは、畢竟それこそが「文字の勁さ」というものなのかも知れません。
 そして人間が生み出した文字が、人間の生命サイクルを越えて、脈々と生き続けてきた時間とその空間の広大さに思いを馳せ、その世界に踏み入る時、我々は一種の畏れを抱きつつ、時間を共有しなければならないだろう。ともあれ型染は終始一貫、手による作業であって、メカの思想は馴じまないようです。合理化、効率化優先の時代に敬遠、疎外化されていく中での手仕事が、どれ程の意義と価値を示していけるのか。経済性、科学技術尊重の思考とハイテク依存の傾向がいよいよ高まるなか、人間性回復のひとつの方向としての「手技と営み」について、模索を続けていきたいと思う。

型染文字について

 ここで簡単に作品について触れてみます。大別すると文字造形によるもの、文字とかたちの組合せのもの、一文字シリーズ、かたちを主にしたもの、仏教関係のものとなります。特に一文字シリーズは、数年前の個展以降発表しているもので、漢字の持つ表意性を今日的な感覚やかたちを混交させて、「文字」というものが作れないかという発想から、事物から発展してきた象形を現代風に象形し直すという試みです。意味を表わすかたちと骨格をどう融合させていくか。どちらにも偏しないギリギリのせめぎ合いと、接点を探る楽しみは、文字は絵であり、絵は文字であることの確認作業でもあります。かたちがないと読み難いものもあるが、敢えて同じ部首を残してかたちの相違を見せることで、逆にその部首のありようを考えさせられるものもあります。

 このシリーズを見たある教師が、後日多くの生徒を引率して再訪され、子供達は歓声を挙げて見入ったという事実に、意を強くした事を記憶している。学校での漢字教育の場合、筆順や筆法も大切であるが、特に字体偏重にあまり厳し過ぎるのではないか、と感ずるのは筆者のみだろうか。点画の長短、方向、曲直、付けるか離すか、止めか撥ねか、払い等について読み間違えるおそれがない範囲で、多少のズレは許容すべきだ、筆写する時は個人的な癖で多少の幅は出るものだ、という考え方に賛成である。それよりもまず、文字というものをより見近なものとして、捉えさせることの方が必要だろう。

 何ごとも興味から関心を深めさせ、理解させていく事が大切で、こうした視覚からの入り方は人間の五感の中で一番直截的だし、文字を読むより絵文字を見る方が、判断スピードは数倍早いのです。読めるが書けない、書けるが読めない、理解できない等、多くの諸問題が横たわる中で、何らかのヒントの糸口になり得ないだろうか。同時に絵には、日本の伝統的な色やかたちをモチーフにして絡めることで、日本や日本人が育んできた生活の匂いや、暮らしの姿をも併せて見ることによって、文字と生活との関わりについて認識することもできるだろう。

 象形から発した文字にウェイトを置いてきたが、今後は抽象的事態を表す指事文字や、単位文字を組合せ・複合させた会意文字の面白さ、発音音符と「へん」の組合せでの形声文字など、多くの漢字との試みが考えられよう。組合せは造字だと言えるし、魚偏にはこの面白さがあるようです。頷けるもの、思わぬ知恵を感ずるもの、ハテと考えさせるもの等さまざまですが、そこにこめられた思いや工夫は、現代人にとっても感心させられるものが少なくありません。文字が生み出す表情の豊かさは、生半可な絵画(抽象的な表現ですが)より、よほどビビッドでエキサイティングな香りに充ちています。造字という遊びの精神を取り入れて、漢字というものの概念や観念に、違った角度から光を与えられないかと考えています。

 次に日本の歴史や日本人たちが残してきた言葉やかたちを見るに、あらためて先人たちの偉大さ、尊さに触れる思いです。例えば月の異称、日本の色の名称にみる情緒やことばの豊饒さ、数ある武具のひとつ、鎧を経てのフォルムなど、実に多彩である。仏教に於ては、その建築物、仏教や仏具、経典の文字や書体が与える力、福禄寿文字や千字文たちに見る、集合された文字群のパワー等に何かを感じないだろうか。日本文化の奥深さの一端を垣間見ると共に、日本人が愛してきた文字たちは、こころと生活の中に溶けこんで同化している事実を、深く胸に刻みたい。そして文字の持つ無限の可能性を追う旅は、位相幾何学のメービウスの帯のような、果てしないものになるだろう。

縁(えにし)ありて

 いま縁の不思議さを、しみじみと感じている。青年時代、眼にとび込んできた「明朝体活字」の造形の美しさ。普段、新聞を始め多くの印刷物を通して、洪水のように溢れる文字たちを見慣れていた筈なのに、その時、その文字は何かを強く訴求するかのように現れ、視神経を貫いたのだった。爾来、文字の造形が日常生活に入り込み、高校時代のレタリング通信教育受講へとつながる。やがてグラフィックからタイポグラフィへと、関心が拡がってゆく。多くはコマーシャルの仕事の中でのレタリングやロゴタイプ、マークづくりを進める中で、当時、大勢が欧米モダンデザインを志向するなかで、レタリングという書き文字世界の中に、洗練されたデザインにはない、生理的に安息できる何ものかに、共感を覚えることが多かった。その中の一つに氏原忠夫氏の酒悦等のデザインがあり、記憶のかたちが今の原点であることは否定できない。これが、型染世界の芹沢氏の持つフォルムと間接的な出会いであり、最初の縁とでも言えようか。

 手書きへの傾倒は、やがて文字の大集積というべき新聞そのものを、すべてレタリングによって写しとる、という作業へと発展していく。活字書体の造形美に対する熱き想いと、レタリング技術を磨く素材として最適と思われたこの作業は、一時は勤務時間以外の大半をこれに注ぐという集中振りを示し、次第に記事のみならず、題字やバックのディテール、広告までもすべて写しとるという、モノマニア的なのめり込みをしていく。思えば、本文の一文字(約1.2倍に拡大)2.5×3ミリを果てしなく埋めこんでゆく作業は、文字そのものが好きでなくては、とてもできなかったろう。しかし、こんな光景は第三者にとっては、モノに取憑かれた一種のトランス状態に見えたかも知れない。無為とも思われるこの営々とした文字の集積作業は、途中さまざまな企てを行いながら70数点を数えるが、考えるところがあり、ひとまずの区切りとして昭和の時代の終焉と共に中断している。これがどのような価値付けをされようが、自分の今日の手仕事の原点であり、継続してゆく精神の根底に流れているのは間違いない。そしてグラフィックや広告の仕事を通して、文字たちのもつ奥深さを味わってゆく。

 やがて型染の道へ踏み出すのだが、ここで基礎を教えて下さった方が、芹沢先生門下生の方に一年程手ほどきを受けたという、祝まな氏であった。また氏は二十数年来、東京のデパートで型染展を続けられておられるが、このデパートは自分が約二十年前、初めての個展を行った所でもあり、極めて間接的ながらの出会いと、人と人との不思議なご縁を感ずるのである。そして今回の出版に関してである。昨年のある日、NHK教育TVの富岡鐵齋についての番組を引込まれる様に見て、一人の人間の才能の豊かさや生きるさまに、改めて興味を惹かれ、妙に胸に残っていた。それから半月も経った頃だったろうか、『芹沢けい介型紙集』を出版されている芸艸堂さんより連絡を頂き、打合せ後、頂いた会社案内に社名の命名者が富岡鐵齋とあり、アッという思いであった。そして所在地の最寄りのお茶の水駅は、若き日に学んだ専門学校の通学時に利用していた所でもある。

 これら多くのできごとや出会いが、冒頭に述べた「緑の不思議さを感ずる」由縁である。さる師は言う。この世に偶然というものはない。すべては必然である、と。今そのことばを思い起こしている。確かに偶然という概念は人間が持っているだけで、それを超えた人間を動かしている何らかの大きな力の作用があることは、多くの人々が感じ、体験し、認めるところだろう。であるならば、人と人との出会いの意義と大切さを見つめ、自分の持つ因をよりよき縁と結びつけられるよう、歩みたいと願っている。そして同時に「すべてのものはうつろいゆく。おこたらずつとめよ」ということばを、今あらためてかみしめている。

※芹沢けい介氏の「けい」は金偏に圭です。(一部の日本語環境で表示できない文字であるため、
 仮名表示にしました)


『染め文字 伊藤紘型染作品集』より

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