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特集7
石は古来、日本人の魂であった。
木や紙より古い文化の原点。

日本人の神秘感を表す石

日本は木と紙の文化だと言われることもあります。千年も持つ木造建築を始め、数々の木の彫刻、そして世界に誇る優秀な機能を誇る和紙、日本建築も木と紙で出来ていると言っても過言ではないでしょう。

しかし、実は“石”も日本の文化には重要な位置を占めているのです。

神社の御神体は石であることが多く、また石笛は縄文時代から使われていました。木や紙を使うずっと以前から、日本人は石を使ってその文化を育んできたのです。

そういえば近頃流行のパワースポットにも、たとえば京都の「おもかる石」など、石である場合がたくさんありますよね。

考えてみれば、日本の国歌である「君が代」も、小さな石から大きな石になるという歌詞であり、永遠を象徴するものとして、石は日本人の心の中にイメージされていたものではないでしょうか。

石垣の石に人の息吹

昨今の歴史ブームで、日本の城を巡る人達も増えてきました。城といえば石垣です。堅牢なものの代表とされる石垣は、実は戦国武将が城を造るずっと以前、古墳時代からありました。墳丘の表面を石で被い、かつ中の石室の壁面を石垣を積み上げて蓋石を乗せる構造になっています。そして飛鳥時代、畿内に築かれた古代山城にも、部分的に石垣が用いられています。

その後、中世にはあまり大規模な城の石垣は見られなくなるのですが、近世になると安土城の石垣を始め、西日本を中心に立派な石垣の城が増えてきます。東日本には意外と石垣をもつ城は少ないのですが、これは石垣の材料となる花崗岩の産地が瀬戸内海沿岸に集中していたためと言われています。当時、巨大な石を遠くまで運ぶのは非常に難しかったでしょうか、当然かもしれませんね。

美しく積み上げられた石垣は、城の防御という機能はもちろんありますが、その美しさは非常に素晴らしいものがあります。一見石は無味乾燥で冷たいものという印象がありますが、石垣となって城の土台となったとき、その安定感と見事な組合せ、そして優美な曲線を描く卓越した石垣もあり、そこには人が作り上げた作品としての息吹でさえ感じることができます。



龍安寺の石庭の神秘さ

石の作品といえば、有名な龍安寺の石庭があるでしょう。これは禅の精神で造築された白砂と石だけのシンプルな構成の庭です。まるで海の中に浮かぶ島のように、15個の石が配されており、15は十五夜の満月から“完全”を表現すると言われています。ところがこの15個の石は、どこから見ても必ず一つは隠れて見えなくなることから、「物事は完成した時点から崩壊が始まる」という思想を表したものだとも言われています(実は一個所所だけ15個の石すべてが見える位置があるそうですが)。

しかし、そのようなウンチクはともかく、実際にこの石庭を見ていると、その石が島に見え、大陸にも見え、また人生のさざまざまな出来事に見え、不思議な気持ちにさせられたことがあります。

これも石の持つ神秘な力のせいでしょうか。



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