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詫び寂び、そして粋 
日本人の美意識の変化

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極めることが日本文化の神髄

「和」の神髄を探る...3
道、それは「真理」へと
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特集2
和紙照明
日本人は光(照明)も
自然と共にあろうとする。

光はやわらかく家の中に導かれる

日本の照明については、まずその家屋の特徴について語らなければならないでしょう。

日本人は、光をどのように家の中に取り入れてきたか…

日本の家屋は、ご存知の通り、高温多湿の気候を反映して、風通しのいい夏向きの構造に建てられています。その意味では開放的で風も光も自由に出入りできるようになっているわけですが、その一方でやはり梅雨や冬に備えるため、軒が長くせり出した屋根をもち、庇は光をある程度遮るようになっています。

庭に白い砂を敷いたり、池などの反射で光を間接的に導く工夫をしている家もありますが、やはりどこか薄暗いのは事実。しかしそれは逆に言えば、優しい光、ぼんやりした光に、日本人が親しみ、そこから独特の侘び寂びの美意識が生まれたとも言われています。

光を取り入れる窓は、日本においては、もともと開放的な空間に、一種の「しきり」を設けたものです。それもきっちりとした「しきり」ではなく、障子などで、光をやわらかく透過させる工夫がなされていました。

ちなみに西洋における窓、つまりWindowは、その語源からもわかるように、「Wind = 風」除けの意味を持っていました。外界ときっちりとくぎり、防御する意味合いの大きい西洋の家はシェルターの役割であり、窓もそのシェルターの中に光を取り込むために必要だったわけです。日本の窓の意味合いとは、大きく違うわけですね。

日本人はどんな光を好むか

さて、現代の日本の照明はどうでしょうか。

現代の照明の主流である蛍光灯には、さまざまな色があるのはご存知だと思いますが、意外なことに、暖かいイメージの「電球色」より、より明るく感じる「白色光」を好む傾向にあるようです。

かつてやわらかい光の中で暮らしていた日本人が、なぜ現代では明るい白色を好むのでしょうか。

それは、おそらく「電球色」により人工的なものを感じるからではないでしょうか。かつて自然の光をいかに取り入れるかに腐心していた日本人は、

自由に光を所有できるようになった現代、より自然な明るい太陽光に近い光を求めるのも無理はないのかもしれません

日本の美意識にマッチした照明

普通の生活では、より明るい照明が好まれる現代日本ですが、たとえばパーティーのときや、あるいはリラックスするための部屋などでは、間接照明などの柔らかい、よりムードのある照明を楽しむ人が増えてきました。

照明も、ケースバイケースで多様な光を選択できるようになったというわけです。

そんなとき、注目されてきたのが「和の照明」です。生活スタイルがすっかり西洋化した現代だからこそ、日本人のもつ伝統的なニュアンスを持つ照明が、再び心に響いてきたといえるでしょう。

やさしい光、おぼろな光、ゆるやかで心が落ち着く光、どこか懐かしくそれでいて新鮮な光、そんな光に包まれることによって、ストレス社会に立ち向かう心を癒そうとしているのかもしれません。

日本の伝統工芸である和紙をたくみに利用した「和紙照明」は、まさにそんな和の照明の代表です。和紙のもつ肌合いのやわらかさ、光をやさしく透過し、ただ機能としての光ではなく、心に届く光として、現代人には求められている光のような気がします。

また、竹や木という素材も柔らかさや暖かさを演出するにはぴったりです。その肌ざわりは自然で、昔から自然との調和を目指してきた日本人には、落ち着きや癒しを与える材料なのだと思います。

さて、照明も時代と共に移り変わります。光源も火の炎からガス灯、電灯、蛍光灯、そして最近ではLEDを利用したエコで長寿妙なものに変わりつつあります。

しかし、時代が変わっても、照明が人々の心に、単なる明かり以上のものを与えてきたことには、変わりはありません。そういえば、今建設中の東京スカイツリーの照明デザインを担当している戸恒浩人さんは、「大切なのはデザインを主張することではなく、そこに来た人にどんな気持ちになってもらうか。」とおっしゃっています。

やはり照明は、明るく照らすという機能とともに、気持ちや心にとって、とても大切な存在だということですね。そういう意味で、和の照明は、今後も日本人とって、なくてはならない照明だと思います



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