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特集1
手ぬぐい
手ぬぐいはハンカチになるが、
ハンカチは手ぬぐいにはならない…。

たかが布きれ、されど布きれ

かつてどこのご家庭にも、当たり前のようにあった「手ぬぐい」。しかし、現代では1枚も持っていないところのほうが多いのではないでしょうか。

そのかわりにあるのがハンカチやタオル。(もっとも最近ではハンカチを持たない人もいらっしゃるようですが…)

確かにハンカチは小さくコンパクトで携帯しやすいし、タオルは吸水性に優れています。

ということで、手ぬぐいは現代日本社会から消え去ろうとしており、持っているのは落語家か料理人くらいになってしまった…。

手ぬぐいイメージ

しかし、しかしです。汗を拭いたり濡れた手や体を拭うために、かつては手ぬぐい1枚で済んでいたものが、汗を拭くためにハンカチ、濡れた手や体を拭くためにタオルというふうに何種類も持たなければならなくなった。

これは考えようによっては不便になったとは言えませんか?

しかも手ぬぐいは、汗や水を拭くためだけではなく、バンダナやランチョンマット、あるいは小さな風呂敷代わりに物を包んだり、埃よけに物を覆ったり、ハンカチやタオルではできない使い方もできます。

どうしてこんな便利なものを、日本人は捨てようとしているのでしょうか。

手ぬぐいはファッションアイテム

さて、ここで一度、手ぬぐいの歴史を振り返ってみましょう。

諸説あるようですが、一応有力なのが、奈良時代の文献に見られる「たのごひ(太乃己比)」だそうです。「た」は手を表し、「のごひ」はぬぐうという意味です。つまり「手ぬぐい」のことですね。

これは、神仏に対して身体や器具を清めるために使われていました。

しかし、実際に庶民の生活に手ぬぐいが浸透していったのは江戸時代から。木綿の栽培が盛んになってからです。

そして江戸時代も中期、歌舞伎が発展し、その役者が家紋や独自の紋様を入れた手ぬぐいを作り、これが庶民の間で大人気となりました。手ぬぐいの柄は、極めてファッション性の高いものとして受け入れられました。

たとえば、皆さんもご存知の「市松模様」。シンプルなデザインで、手ぬぐいの伝統的な柄の一つです。これは、初代佐野川市松が舞台「心中万年草」で小姓・粂之助に扮した際、白と紺の正方形を交互に配した袴を履いたことから、人気の柄となったものです。

当時からすでに、手ぬぐいは、機能ばかりではなく、デザインの面でも優れたファッションアイテムだったんですね。

今日でいえば、「『CanCam』の西山茉希ちゃんが使っているから私も使いたい!」というような感じでしょうか…。

江戸の「しゃれ」を伝えるユニークな柄

先ほどの「市松」の他にも、伝統的な柄としては「唐草」や「瓢箪」などがありますが、歌舞伎役者が名刺代わりにオリジナルの柄を作っていたように、自分なりの柄を工夫するということも行われていました。

いわゆる絵文字。絵で言葉を表す柄を工夫するということがありました。有名なところでは、「鎌」の絵に丸い輪っかの図、そしてひらがなの「ぬ」で、【かまわぬ(構わぬ)】。こうした“しゃれ”た絵文字の柄を79種類集めた冊子を当時の売れっ子作家であり絵師の山東京伝がまとめています(『たなくひあわせ』)。さらに手ぬぐいのデザインでしゃれっけを競う催しものまで開かれていたというのですから驚きです。

シンプルだからこそマルチに使える

もちろん、手ぬぐいは柄を楽しむだけでなく、冒頭に述べたように、その機能性においても優れています。

とはいっても、たかだか幅1尺(約30センチ)、長さ3尺ほどに切った木綿の布きれ。シンプルといえば、これほどシンプルなものはありません。しかも両端は切りっぱなしで縫ってさえいません。

でも、だからいいのです。切りっぱなしだから、簡単に裂いて使いやすいサイズにすることも手軽にできます。そして濡れても乾きやすい…。

先ほど手ぬぐいの柄の話をしましたが、ただの長方形の布だから、絵画のキャンバスのように、どのような柄でも描くことができる

柄が工夫できれば、ランチョンマットや、あるいは額に入れて飾ることさえできます。

汗を拭き、水をぬぐい、埃をガードし、物を包み…。

こういう多機能ぶりは、もともとがシンプルだからこそできることです。逆に、何かの目的のために開発されたものは、そのためには抜群の機能を発揮するのでしょうが、他の目的には使えません。

使い込むほどに味が出る

もう一つ、手ぬぐいの楽しみ方として、“使い込むほどに味が出る”ということがあります。

これは日本というか東洋的な考え方なのかもしれませんが、ピカピカの新品よりも、使い込んで古びたものに価値を見出すことがあります。たとえば能面などは、新しく作るときから汚れなどを演出して古く見せることさえします。

手ぬぐいにもそれがあります。使い込むうちに染色が落ち、線維も少し毛羽立ったようになってきます。しかし、それが独特の味わいとなり、毛羽立つことによって柔らかくなって手に馴染み、吸水性もよくなったりします。

そしてとうとう雑巾になるまで使い込まれ、やがて手ぬぐいはその使命を終えます。

物を大切にすることは、現代風にいえばエコということになるのかもしれませんが、それ以上にひとつひとつの物に魂を込めるという、昔の日本人の心情が伝わってくるようです。


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