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「和」の美・知恵
「和」の神髄を探る…1
詫び寂び、そして粋
日本人の美意識の変化

見すぼらしく古いものが美しい?

日本の美意識といって最初に思い浮かぶのが「侘び寂び」ですよね。実は二つは別の意味なのですが、ひとつにして言われることが多いようです。

「侘び(わび)」とは、「わびしい」という形容詞から来ています。「わびしい」は広辞苑によれば“力が抜ける感じである”“心細い”あるいは“見すぼらしい”など、あまり良い意味ではありません。それがどうして良い意味、しかも美意識とまでなったのでしょうか。

一つは禅の影響、そしてその思想を受けた茶の湯の文化が考えられます。しかし「侘び」を美意識として意識して初めて使ったのは、江戸時代の茶書『南方録』であると言われています。

茶の湯では「侘び茶」や「侘び数寄」などという言葉が出来てきます。それらの意味は“表面は見すぼらしく粗末であっても、その質は優れている”ということです。

一方、「寂び(さび)」は、動詞の「さぶ」からで、本来は年月が経って劣化してしまったものを指しました。金属が「錆びる」のは、まさにここから来ています。そこから時を経て人がいなくなって寂しいという意味にもなり「寂」という漢字が当てられました。

これも「侘び」と同じで本来良い意味ではありません。しかしすでに吉田兼好の『徒然草』などに古くなった冊子に美を見出す記述があり、その古びたものを美しいとする意識は、俳諧や能楽の世界で重要視されるようになります。現代も骨董品に人気があるのは、この「寂び」の心です。

マイナスがプラスに転じる

「侘び」も「寂び」も、日本の代表的な文化である茶の湯や俳諧、能楽などの中で、その美意識が育ちました。

西洋ではゴシックなどに見られるように、飾り立てることで美を表現し(もちろんこれだけが西洋の美意識とは言っていません)、日本では、むしろ飾らないことで美を表現する…。

美とは何かを追求すると、それはプラトンにまで遡る哲学的な命題になってしまいます。美しいと感じるものは、人それぞれ違いますし、文化によっても違います。

「侘び寂び」に代表される日本の美意識は、良くないもの、つまりマイナスを良いもの、プラスに転ずるという大きな特徴があるように思えます。それはある意味、“大人の文化”と言えるのではないでしょうか。つまり子供のころは甘い物が好きだったのが、大人になって苦いものの美味しさが分かるというような、成熟した意識を感じることができるのです。(もちろん、逆に言えば“ひねくれてる”とも言えますが…)

もう一つの美意識「粋」

“大人の文化”といえば、もう一つの日本の美意識である「粋(いき)」についてもふれなくてはなりません。

これは江戸時代も後期、深川芸者について言ったのが始まりされています。身なりや振る舞いが洗練されている、人情の表裏に通じている、遊興に通じているというような意味です。つまりこれこそ“大人の文化”ですよね。

「粋」は、「侘び寂び」より現代に通じる美意識だと思います。「侘び寂び」は、こんにち日常語としてはほとんど使われることはありませんが、「粋」は、まだ使われていますし、「かっこいい」や「すっきりしている」などを良しとする美意識は生きています。

「侘び寂び」から「粋」へ、日本人の美意識も変化しているのかもしれません。

(mori)


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